高山植物園予定地と三嶺周辺の野生動物探索記   戻る

 東祖谷山村菅生(標高約780〜90m)からの三嶺(1893.4m)登山ルート沿いと、東祖谷山村の「植物園」予定地(標高約1300m付近)周辺について、次の4回調査を行いましたので、概要をまとめてみました。

2001年5月29日   増谷正幸
2001年6月 7日   増谷正幸 
2001年6月16日   増谷正幸
2001年6月25日   市原眞一、暮石洋、増谷正幸

 T.植生の概要
 徳島県の場合、植生帯は標高0m〜約1000mが暖温帯(常緑広葉樹林帯)、約1000m〜1700mが冷温帯(落葉広葉樹林帯)、1700m以上が亜高山帯(針葉樹林帯)であるとされている。
 青少年旅行村の登山口周辺は、集落と農耕地があり水田も作られている、人里的な環境である。
 登山道沿いは、スギ、ヒノキの植林が多いが、所々に落葉広葉樹林もある。コナラ、ミズナラ、クリ、ヤマザクラ、ミズキ、シデ類、カエデ類、オニグルミなどが生える。二次林状のものが多いが、かなりよく発達した自然林に近いものもある。
 「植物園」予定地付近は平坦地となっていて、直径5〜6mの湿地状の池沼がある。スギ、ヒノキ植林がほとんどであるが、池の周囲は落葉樹も生えている。
 標高1600m前後に、このコースでは唯一ブナなどからなる自然植生が見られる。
 それより上になると、ウラジロモミ、ダケカンバが多くなる。樹木は次第に矮小化し、低木林、粗林状になる。赤紫色の花が咲くミツバツツジ類が美しく、まるで庭園のような景観の所もある。1700mを越えても、剣山〜一の森のような亜高山性針葉樹林は見られず、ウラジロミが擬似的に一部その役割を果たし、代償植生的にダケカンバ林がある。
 避難小屋と池がある地点に近づくと、コメツツジとササ原になる。そこから山頂まで、南面はゴツゴツした岩場がある。

 U.重要と思われる動物
 両生類と鳥類についてまとめてみました。マメシジミ類については、最も貴重な種類でありますが、私にとって全くの専門外なので、ここでは省略させていただきます。

 [両生類]
 @ オオダイガハラサンショウオ
 徳島県で生息が確認されている3種類の渓流性サンショウウオのうちの1種(他の2種はハコネサンショウウオ、ブチサンショウウオ)。
・ 2001年5月29日、「植物園」予定地の少し南西の谷川(菅生谷川の支流、標高約1280m)の水中に、かなり成長した幼生を少なくとも6個体を確認。
・ 6月7日に再訪したところ、2固体しか確認されなかったが、うち1固体を採集して専門家に見てもらった結果、オオダイガハラサンショウウオと判明。去年生まれの個体で、他のものはすでに上陸したのだろう、とのことであった。
・ 6月25日、「植物園」予定地より下方、標高約1050m付近の林床の石の下に全長約10cmの成体1頭を発見(市原眞一氏確認)。

 本種は、谷川の水溜りの水中で幼形期を過ごし、上陸した後は、湿った林床の落ち葉、岩、倒木の下などに潜み、夕方〜夜間〜早朝に出てきて餌を探す。成体が水中に入るのは産卵活動の時だけである。
 このように本種が生息できるのは、水がきれいで、森林生態系が良好に保たれている環境である。さらに詳しく調べれば、ハコネサンショウウオとブチサンショウウオが見つかる可能性もある。

 A ヒキガエル
 四国(西日本)に分布するのは亜種ニホンヒキガエル(Bufo japonicus japonicus)である。
 東日本には亜種アズマヒキガエル(Bufo japonicus formosus)が分布する。
・ 6月16日、「植物園」予定地の湿地状の池沼に少なくとも2成体を確認。水面に顔を出していた。

 四国に自然分布するカエル類の中では最大。乾燥に弱く、日中は湿った林床の物陰などに潜み、薄暗い時間帯や夜間に出てきて、ミミズ、昆虫など小動物を食べる。普段はのそのそと歩いているが、動くものに反応し、素早く口を動かして捕らえる。
 水中に入るのは、普段は産卵期の時だけである。産卵期は、地域によって差があるが、雪解け期から初夏にかけてである。
 本種の特徴の1つとして、生まれた個体は、上陸した後成長した2〜3年後、産卵期になると再び元の自分の生まれた池(水溜り)に帰ってくる、ということが挙げられる。その移動距離は、長いもので600mとか1.5kmという調査例が報告されている。4kmと言う人もある。このことは、もし或る1つの産卵池が失われると、その周辺一帯に生息するヒキガエルは全滅する恐れが強い、ということである。

 B シュレーゲルアオガエル(Rhacophorus schlegelii)
    種名(学名)の由来・・・シーボルトの日本での採集品を研究したオランダ、ライデンのシュレーゲル氏に献名したもの。
・ 6月16日、「植物園」の予定地の湿地状の池の、水際から少し離れた湿った泥の上に泡状の卵塊3個を発見。周辺ではあちこちで本種の鳴き声も聞かれた。但し姿は見えず、地面の下で鳴いているのだろう。
 元々は、平地から山地まで広く分布していた。平地のものは水田に、山地のものは湿原、湿地の池沼に産卵すると言われている。しかし最近は、開発の進行などにより産卵に適した場所は次第に消滅していると思われる.
 泡の中で孵化したオタマジャクシは、雨が降って流されたり、池沼の水位が上がって卵塊にまで水が達するなどして水中へ入る。
 モリアオガエル(Rhacophorus arboreus 木の上に同じような泡状の卵塊を産み、孵化したオタマジャクシは、下にある池沼に落ちて水中に入る)とは近縁の種(同属)であり、共通の祖先から種分化して来たと考えられるが、モリアオガエルの方は四国には自然分布していない、とされている。分布していると主張する人もいる。
 シュレーゲルアオガエルは、アマガエルと見間違えられ易く、たとえ生息していたとしても、シュレーゲルであると認識して見ている一般の人は非常に少ないのではないだろうか。そうこうしているうちに”幻のカエル”となってしまう恐れがある。
 このように本種の存在は、カエル類の種分化、進化を考えたり、自然のことをあまり知らない人や子供たちが野生の生き物に興味を持ったりする時に、格好の研究対象や教材ともなり得るものである。その生息地の池沼が開発によって失われるようなことがあってはならない、と考える。

 C タゴガエル(アカガエル科)
・ 6月25日、標高1150m付近の湿った林床に1成体(市原眞一氏確認)。

 四国に分布する約3種のアカガエル類(狭義)のうちの1種(他の2種はニホンアカガエルとヤマアカガエル)。
 春から初夏にかけて山を歩いていて、谷川や、水のしみ出している岩場、崖地の横を通りかかると、どこからか、オッとか、グッとか、ゴッとか、低い押し殺したような声に呼び止められる。声はすれども姿は見えずで、これがタゴガエルの鳴き声である。岩場の下や隙間の中の水溜りや、伏流水中に産卵する。オタマジャクシは増水すると流れ出すこともあるが、普段は人目につかない。成長して上陸した後は、湿った林床で生活し、昆虫、クモ類、陸貝など小動物を捕食する。

 以上のように、自然界には忍者または隠遁者のような生活をしている動物がいるもので、その分野に興味のない人間が想像もできないような世界があるのである。このこと知らない人々によって開発が進められると、人目につきにくく、普通に見ることのできない生き物たちは、人知れず、いつのまにか絶滅していた、というようなことになり兼ねない。

 [鳥類]
 @ キバシリ(キバシリ科) 全長約13.5cm
・ 6月16日、標高870m付近で2羽、スギの幹に。

 主として針葉樹の幹に縦にとまり、らせん状に登っていって上までいくと、次の木の下方に飛び移って、また、らせん状に登っていく、というおもしろい行動をする。樹皮の裏側に潜む昆虫、クモ類など小動物を捕食する。天然の樹洞や木の裂け目などに営巣する。
 徳島県では従来は非常に少ない種とされ、体が小さくて、明瞭なさえずり声を発しないので、見た人も少なかったが、最近ようやく分布調査が進み、観察記録が増えつつある。しかし、全県的な分布や詳しい生態はまだよくわかっていない。
 スギ、ヒノキの植林で見られることが多いが、これは徳島県の山林の人工林率が63%と高いためで、本来は天然性のモミ、ツガなどの針葉樹と広葉樹の混交林が主要な生息地であろう。
 今回の発見により、キバシリの分布や生態を解明する手がかりが1つ増えたといえる。この生息地の環境が開発により攪乱されたり、悪化しないよう望みたい。

 A イカルとアオバト
 a)イカル(アトリ科)全長約23cm
・ 6月16日、標高約830m付近で1羽(さえずり声も)。
 b)アオバト(ハト科)全長約33cm
・ 6月16日、標高約1100m付近で、20羽以上集まってきて、ヤマザクラの実をついばむ。
 両種とも、山地の広葉樹の多い林を好む。
 イカルは、大きくて太い嘴を持ち、ヤマザクラ、ムクノキなどの木の実の種子の部分を食べる。嘴を小刻みに動かして果肉の部分を巧みにはがし取り、堅い種子の殻を丈夫な嘴で割って中身を食べる。
 アオバトは緑色のハトで、平地でよく見かけるキジバトが草の種子を好むのに対し、木の実の果肉の部分を好む、森林性のハトである。オーアオーアオー、と独特の声で鳴くが、この鳥のこと知らない人が夕方に山で迷いかけた時にこれを聞くと、不気味で、もう永久に人間世界に戻れないのではないか、と不安になる。
 このように両種は、共に木の実を好むといっても、食べる部位が違うので、互いに排訴し合う関係にあるとも言えるが、それが共存しているということは、この地域の森林生態系の多様性を物語るものではないだろうか。

 B トラツグミとクロツグミ
 a)トラツグミ(ヒタキ科ツグミ亜科)全長約29.5cm
 b)クロツグミ(ヒタキ科ツグミ亜科)全長約21.5cm
・ 両種とも「植物園」予定地と、その周辺、上下の林に生息(5月29日、6月7日、6月16日)。

 トラツグミは、ヒ----、ヒョ----とさえずり、特に夜間や雲って薄暗い時、霧がかかって視界が悪い時によくさえずる。このことを知らない人がこれを聞くと、幽霊かお化けが呼んでいるみたいで、生きた心地がしないと言う。
 クロツグミはこれとは対照的に、キョロン、キョホホン、コキーコ、キーコなどと明るく朗らかに高らかにさえずる。森の名歌手(マイスタージンガー)である。
 両種ともミミズを好んで捕食する。特に繁殖期間中、ヒナ鳥によく与える。ミミズが多い林は、林床に広葉樹の落ち葉が堆積して腐食層が発達し、土壌が肥えているので、彼らが生息する林は自然が豊かであると言える。

 C フクロウ(フクロウ科)全長約48〜52cm
・ 6月16日、「植物園」予定地の林で1羽のさえずり声。
 おおよそカラス大で、ずんぐりしているので大きく見える。ホッホ、ゴロッケホッホと聞こえる声でさえずる。
 薄暗い時や、夜間に活動したりさえずったりする。ネズミなどを捕食する。繁殖期には、つがいでかなり広い面積をテリトリー(なわばり)として占有する。樹洞や、枯れた大木、古木の中空の部分などに営巣する。最近は、開発や人工林化が進み、営巣に適した大木や古木が少なくなっ
ている。そのため、地上に営巣する例が増え、このような場合はヒナ鳥が野犬などに襲われやすいので、種の存続が危ぶまれつつある。
 「植物園」予定地は、間伐の遅れたスギ、ヒノキの植林が多いが、ここにフクロウが生息すということは、周辺の林も含めたこの地域が、フクロウがすむことのできる豊かな自然を潜在的に育み得る環境であると言える。

 D コルリ(ヒタキ科ツグミ亜科)全長約14cm
・ 5月29日、標高1578m付近、ブナなどの自然林で1羽のさえずり声。
 日本には主として本州中部以北に夏鳥として渡来し、四国では、春と秋の渡りの季節に越冬地と繁殖地の間を往復する際に一時立ち寄る”旅鳥”であるとされてきた。ところが、徳島県では1980年前後頃から渡りの季節がすでに終わったと思われる5月下旬から7月にかけて、冷温帯域の林、その中でも特に標高1200〜1700m付近でさえずり声が聞かれる、という情報が多くなり、現在に至っている。徳島県(又は四国)でも本種が繁殖している可能性が高い、と考えられている。
 現在、雲早山から西南西方へ、剣山周辺を経て三嶺までの冷温帯域の林で、繁殖期(5月下旬〜7月)にさえずり声が確認されているが、連続的に分布しているとは言い難い。三嶺からさらに北方(サガリハゲ山〜矢筈山方面)と西方(天狗塚方面)の地域は、未だ生息調査が行われていない。
 林床にササなどの下生えや低木の多い落葉広葉樹林を好む、と言われている。さえずり声はコマドリ(ヒタキ科ツグミ亜科)に似ているので混同しないように注意する必要がある。コルリの方がやや変異が多く、チッチッチッ・・・という前奏が入るので慣れれば区別できる。
 繁殖期に生息する標高・植生帯も、コルリが冷温帯、コマドリが冷温帯上部〜亜高山帯と、重なり合う部分があるので注意を要する。
 徳島県(又は四国)での正式な繁殖確認が待たれるが、繁殖営巣時期がちょうど梅雨期に当たり、雨に加えて霧が発生して視界の悪い時が多く、おまけにヤブやササだらけの環境のところが多いので、繁殖確認は困難である。今後、ファイトと気力のある人の挑戦を望みたい。
 今回の記録により、当地もコルリの繁殖可能性候補地のうちの1つに加えられることになった。
ここは、「植物園」予定地の上方にあり、この登山ルートの中では唯一ブナなど冷温帯性の自然植生が見られる所である。
 一般に生物種は、分布が連続しているほど子孫を残す力が強い。生息域が分断され孤立すると、近親交配の確率が高まり、子孫を残す力が弱まり絶滅し易くなる。現在、徳島県におけるコルリの分布も連続しているとはいい難いので、現在の生息地のうち1つでも開発などで攪乱されたり失われたりすると、種の存続が危ぶまれる恐れがある。

 V.まとめ
 この地域の特徴として、まず第一に挙げられるのは、標高差が約1100mにも及び、多様な自然環境が見られるということである。
 これを鳥類の面から見てみると、青少年旅行村〜登山口周辺は人里的な環境で、トビ、キジバト、ツバメ、キセキレイ、ホオジロ、カワラヒワなどが生息する。登山道へ入ると暖温帯上部〜冷温帯との推移帯の林となり、メジロ、ヒヨドリ、イカル、ヤブサメ、キバシリなどが生息する。標高1000mを越えると、これらは次第に姿を消し、代わってオオアカゲラ、コガラ、ゴジュウカラ、など冷温帯性鳥類が多くなる。1500m前後のブナなどの自然林が残るところではコルリが加わる。 
 暖温帯上部から冷温帯下部にかけて共通に見られるのは、ヤマドリ、アオバト、ジュウイチ、ツツドリ、ホトトギス、アオゲラ、コゲラ、ミソサザイ、トラツグミ、クロツグミ、ウグイス、センダイムシクイ、キビタキ、オオルリ、エナガ、ヒガラ、ヤマガラ、シジュウカラ、カケスなどである。 
 ウラジロモミ、ダケカンバの林になると、コマドリ、ルリビタキ、メボソムシクイといった亜高山性の鳥が現われ、ミソサザイ、ウグイス、オオルリ、ヒガラなども生息する。コメツツジ、ササの群落や山頂近くの岩場にはビンズイ(セキレイ科)とホオアカ(ホオジロ科)が生息する。両種とも、徳島県では標高約1500m以上の高原状の環境を有する山地でのみ繁殖し、秋になると低地へ移動して越冬する。
 一般に山地では高度が上がると、100mにつき約0.6度の割合で気温が低下し、自生する植物の種類が変わり、植生も変化する。それにつれて生息する鳥類の種類も変化していく。
 それが、このルートではかなり明瞭に見られるのである。現在はスギ、ヒノキの植林が多いが、もし自然植生が復活したら、さらに興味ある動植物の垂直分布の推移が見られる可能性を潜在的に秘めている、と言える。暖温帯上部の人里地帯から冷温帯の森林地帯を経て、森林限界地帯までの「生きた野外自然博物館」となり得る候補地である。
 第二に、「植物園」予定地の標高約1300m付近に湿地状の池沼がある、ということである。森林と渓流がセットになった生態系なら他の場所にも普通に存在するが、これに止水性の水域が加わることでさらに多様な自然となる。ヒキガエル、シュレーゲルアオガエル、さらには多分ヤマアカガエルの産卵池となり、そしてマメシジミ類も発見された。トンボ類の幼虫(ヤゴ)も何種類か生息する。このような環境は、付近には存在せず、極めて貴重であるといえる。現在は、周辺は間伐の遅れたスギ、ヒノキの植林であるが、これがもし自然林に復活するなら、さらに興味深い生態系が形成される可能性を秘めていると考えられる。
 当初、東祖谷山村は、この地域の人工林を自然林に復活させようと計画していたのであるから、ここはその原点に返っていただきたいと望む次第である。ただし、林に手を加える場合は、池の周辺は攪乱せず、カエル類などの移動に妨げとなるような土木工事の施工や、人工構築物の建造は控えるべきである。幸いにもこの地点は登山ルート沿いからは離れているので、池沼周辺への一般登山者の立ち入りをある程度制限することは可能であると思われる。
       2001.8.26〜29   増谷正幸 記
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